前回の記事では触れませんでしたが、文頭が増節でありながら聞くヤヲハになるパターンとして、上の句が二文字で、かつその二文字とも二ツ引き、というものがあるので紹介します。
敦盛キリ「馬引返し、舎利中入「足疾鬼とは、にあります。
聞くヤヲハは、当りヤヲハではない普通のヤヲハのことです。宝生流では使われない表現かも知れませんが、文章においては当りヤヲハと区別しやすいメリットあり、便宜上、使用しています。
そういえば以前読んだ地拍子の本(確か観世流か喜多流)には、長きヤヲハの間という紹介がありました。普通のヤヲハより半拍長い間(第4拍より謡い出し)です。
網之段「わが尋ぬる、などの変則的な句読点の一般化には貢献しますが、煩雑になるので流石にそこまで定義していく必要は薄いかなと思います。(他流では需要があるのかも知れません)
ヤヲハ関連で、学習者が悩むとしたら、あとは消しヤヲハでしょうか?
謡本のヤヲハに、縦線が記入されているものです。縦線を消しと呼んでいるのは俗称かも知れませんが、適当な表現を知らないので、消しと呼んでおきます。(※初級謡本の縦線は別義を含みますので要注意)
消しヤヲハの用例は多く、例えば杜若クセの「ゆかりならば〜、清経クセ「落ち汐の〜、のヤヲハの類などです。入門〜平物でも謡本3冊に1カ所くらいはあると思います。
消しヤヲハの原則は、(1)直前の下の句が6文字である、(2)末尾の節がノミ節である、(3)ノミ節の引き音が常のヤヲハよりも2音短くなる、点が挙げられます。
事前知識として「下の句末尾のノミ節は、産み字を程の間から発する」という公理があります。これは非常に重要です。また、この公理を前提に上記の(1)、(2)を与えると、必然的に(3)となります。
本稿の定義として、ノミ節の産み字は仮名の産み字を意味し、呑んだ後のンの引き音を指す訳ではありません。(「てエエ、ン、ンン」の様な謡の場合は仮名が「て」、産み字が「エ」という意味です。「ン」は便宜上、引き音と定義しておきます。)
ここで少し寄り道します、、、下の句末尾のノミ節の当たりが大きくなったり、小さくなったりするのはルールがあるのか?と悩まれている学習者も多いかと思います。
もちろんルールがあって、上記の「下の句末尾のノミ節は、産み字を程の間から発する」という公理がルールとなります。
例えば下の句が4文字の場合、4文字目は第7拍ですから、ノミ節を大きく当たれば第7半間で産み字を出せます。(大当たり=仮名の発声と産み字の発声が半拍ずれる)(下の句が「ちりぬる」の場合、「ちりぬる。ウウウン、ンーンン」のイメージ
一方、下の句が5文字の場合、5文字目は第7半間にあるわけですから、ノミ節を小さく当たれば、仮名と同じ間で産み字を出せます。(小当たり=仮名の発声と産み字の発声は半拍ずれない。)(下の句が「ちりぬるを」の場合、「ちりぬるをオオン、ンーンン」のイメージ)
それでは下の句6文字では?という段階でヤヲハの消しが出てきます。
消しヤヲハの特徴であった、(1)下の句6文字という点ですが、実は下の句が6文字の場合、第7拍にモチを補うことで下の句6文字目を第8半間に誘導できます。
第8半間で仮名を小当たりすれば前述の公理を満足するので、簡単に作曲出来て汎用性が高い訳です。
下の句4文字、5文字の場合と比較すると、4文字or5文字では第7半間で産み字を出していたのに対して、6文字の場合は第8半間で産み字が出ます。
ということは産み字の発声が一拍遅れている訳で、引き音の発声も同様に一拍遅れます。
一拍は半間2つ分=2音分ですので、消しヤヲハの特徴(3)が導かれました。
余談
本稿で定義したノミ節の産み字は、一般論ではない可能性もあります。(厳密性の不要な場面であれば、ンも含めて産み字と称する、あるいは仮名の産み字を引き音に含める、といったローカルルールはあり得るかと思います。)
何故わざわざモチを入れるのかというと、末尾のノミ節は小当たりの方がノリが良いからだと思います。また下の句末尾が字句の第1拍前の半間に割り込むというのは、実践上、特にトリの間で頻出のテクニックなので、技術移管が容易ということもあろうかと思います。
第7拍にモチを補わない場合、テクニック的にはいくつか代替案が考えられます。
(a)モチではなく増節を用いて末尾を第8半間に誘導する。
(b)下の句を第5半間から謡い出し、末尾を第8拍とし、大当たりとする。
(c)下の句を第5拍から謡うこととし、末尾を第7半間に誘導する。
(a)は現実的ですし、実例があったかも知れません。見つけたら追記致します。
(b)下の句をツメテ謡っておいて最後に大当たりではノリが悪いので採用は難しい気がします。
(c)は少しテクニカルですが、採用圏内ではないでしょうか。特に、次句をヤアの間としたい場合は(3)を採用するしかありません。ただし、実例を見たことはないです。
テクニカルな例としては、上掲の清経クセの場合のように、下の句が5文字であっても第5拍を引越の大とすることで無理矢理、消しヤヲハのノミ節にするというものもあります。