地拍子よりも囃子を解説してほしいという要望もあり、順不同で囃子の手を紹介して行こうと思います。
何から説明しても良いのですが、囃子謡に馴染みのない方を想定し、平ノリにおける間の手から説明します。
間の手とは、謡い出しの間あるいは引き音の間に係る手になります。平ノリの間の手は主に大鼓の専権で、頻出の手は数種類なので、ぜひ覚えたいところです。
まずは「カケ切」(カケキリ)です。手は下記です。一応、大鼓全流儀の手を書いておきます。引用元は巻末をご覧下さい。
このように鼓の手を表記したものを手附(テツケ)と呼んでおります。一般に、能に於いて「附/付」(ツケ)と呼ぶときは「決まりごと」あるいは「約束ごと」のメモだと捉えてください。節付(フシヅケ)と呼ぶ場合は、謡本の節の約束ごとのメモを指します。型付(カタツケ)という場合も、決まった型の連綿を指します。指付(ユビヅケ)であれば、笛の指の決まりです。ほかにも装束付などがあります。これらは皆「ツケ」です。決まりごと、約束ごと、なので勝手に付を変えることは原則的にはできません。という訳で、上に示した手附(狭義には粒附とも)は、書いてある通りに打たれます。ルールを知らないと、囃子方は勝手気ままに打っているように聞こえるかも知れませんが、実は厳格なルールがあるのです。
手附の解読方法を説明します。上の表では、列の右側が掛け声、左側が粒です。打音の分別を粒と呼びます。粒の記号は△だったり●だったり、流儀によって相違が認められるものの実演上は大して違いはありません。流儀によって粒の書き方が異なるだけです。まず初心の方にご注意願いたい点、掛け声は「ヤ」とか「ハ」とか書いてあるのですが、実演上は「ヨ」「ホ」と発声します(あるいはそのように聞こえます)。「ヤア」「ヤヲ」は概ね「ヨオ」と発声するものと捉えてください。
次に、一番右側の列に書いてある数字を読み取ります、この数字が拍数です。拍数については地拍子のページで詳細に解説する予定です。手附は上から下に読んでいきます。例えば石井流であれば、第8拍に⚪︎の粒を打ち、「ヤヲ/ヨオ」と掛け声をかけ、第1拍に●を打ち、「ハ/ホ」と掛け声をかける。というタイムラインで理解できれば正解です。他の流儀も読み取ってみてください、大倉流、葛野流に書かれている縦線は粒の繋がりを読み取るための便宜ですが、今は無視して結構です。観世流大鼓のみ、第8拍に⚪︎を打ちませんが、第8拍以降は他流と同様です。(厳密には⚪︎の粒は打つとは言わないのですが、細かい話は抜きにします。)
さて、手の解読は比較的簡単なカケ切ですが、実演上は慣れていないと非常に厄介です。というのも、掛け声の「ヨオ」はどこまでも伸び得るためです。能の謡はメトロノームでは一切表現できません、拍と拍の間の物理的な時間は常に異なるからです。特にヤヲの間(地拍子コーナーで取り上げる予定)においてカケ切を打つ場合、第8拍と第1拍との間の時間は相当長いです。引き音を1音+3音とか、1音+4音といった風に謡本にメモしているだけでは、全く対応できません。
では、どのようにすればカケ切を謡えるのか。というのが本稿のテーマです。
結論を述べると、カケ切が打たれる場合、
ヤヲの間まで音を引く場合は「ホ」が聞こえるまで頑張って引っ張る。
ヤヲの間から謡い出す場合は「ホ」が聞こえてから一呼吸置いて謡い出す。
これだけです。カケ切はヤヲの間でしか打たれない手(大ノリを除く)なので、カケ切の対応はこれを暗記し実践するだけです。
ここから先は理論的な補足を試みるものです。ヤヲの間が分からない場合はスルーで結構です。ヤヲの間がわかる方は読んでみてください。ヤヲの間は地拍子コーナーに今後解説する予定です。
ヤヲの間は次句を第2半間から謡い出すという意味ですから、句読点の位置は自然、第2拍にある訳です。
カケ切はご覧の通り第1半間までの手ですから、カケ切を聞き終わったあとに一つコミを取ると、このコミは必ず第2拍に来ることになります。そうして謡い出せば必ず第2半間から謡えます。したがって、カケ切で謡い出す場合は、カケ切の最後の「ホ」を冷静に聞き、一呼吸(コミ)置いた上で、謡い出せば良いことになります。
逆にヤヲの間まで音を引きたい場合。引き音は句読点の前まで引く訳ですから、句読点が第2拍ということは引き音は第1半間まで引く訳です。ここでカケ切は第1半間に「ホ」の掛け声がある訳ですから、実演上は「ホ」の掛け声まで音を引けば良い訳です。(「ホ」が聞こえたら謡い納める)
もっと踏み込んだ話は次回に譲ります。
参考:
石井流大鼓手法
大倉流大皷小皷手附大成 第一巻
葛野流大鼓 序ノ巻上
観世流大皷手附 序之巻
高安流大鼓 序ノ巻